Japan
Ecology Fishing
Federation

トップページ  JEFニュース  前のページに戻る



山梨県環境科学研究所 地球科学研究室 輿水達司


1.はじめに

 均整のとれた美しさを誇る富士山は、古くから万人に仰がれ、親しまれてきた。「万葉集」をはじめとする多くの詩歌に詠まれ、また絵画にもしばしば描かれてきた。現在使用されている五千円札には、写真家の岡田紅陽氏の撮影による本栖湖から望む「逆さ富士」が印刷されている。この富士山の姿はいずれ将来噴火により変わるであろうし、また過去に遡ってもまた違った形状の富士山であった。我々は、現在見ている富士山を永久に不変であると思いたくなるかもしれないが、そんなことはない。誕生以来、富士山は繰り返し活動してきたのである。

 富士山の火山活動史については、Tsuya(1968)、宮地(1988)、上杉ほか(1992)などの詳細な研究がある。しかし、富士火山の全貌については不明な部分が少なくない。特に、富士山の山としての年代が比較的若く、そのため解析も十分に進んでいないため、より古い時代の火山活動の実態については地表部から把握することは容易ではない。また、富士山北麓に分布する富士五湖は富士山の活動の過程で形成され、新富士火山の溶岩流などによって堰き止められたりし、各々の湖は姿を変え、今から約千〜二千年前にほぼ現在の形になったと考えられている。しかし、それ以前の各々の湖の変遷についての詳細は不明である。更に、湖底には堆積物として湖の形成以来現在にわたる湖周辺の自然環境変遷の情報や、人間活動の影響が記録されている。場合によっては、東アジアの環境変遷の情報も湖底堆積物に記録されていることも期待される。このような富士山や富士五湖にまつわる問題の解析には、まず湖底にボーリング掘削を行うことが有効な手法である、と私は考えました。私共地球科学研究室を中心にして、現在までに山中湖、河口湖および本栖湖から得られた各々のボーリングコア試料につき検討してきました。そこから得られた成果の一端を以下に紹介します。

2.湖底堆積物から探る環境変遷

 富士五湖の湖底堆積物については、湖の誕生以来現在まで概ね連続して、湖周辺の自然環境(ときには人為的影響)を記録した絨毯(じゅうたん)が、湖底堆積物として下位から上位に向け、何枚も敷きつめられている、と表現すると理解し易いかもしれない。我々は、これら絨毯に記録された環境情報を解析し、一方で一定の層準に位置する絨毯の年代を明らかにし、環境の変遷を読みとる作業を進めてきた。

 この作業を進めるためには、まず湖水を取り除いた下にある湖底堆積物の分布状態を知ることに始まる。音波探査法および磁気探査法により、富士五湖の湖底に眠る堆積物の姿をおおむね把握することができた(輿水ほか、1998)。その上で、我々は湖底堆積物を実際に採り上げ、各種の分析を進めてきている。

 我々の研究対象としている湖底堆積物のみならず、海洋底堆積物や南極の氷床などにつき、過去から現在までの気象変動など地球環境の変遷に関する研究は、既に世界の各地から報告されてきている。

 例えば、南極大陸のボストーク基地から採取された氷床コアの試料について、約16万年前から現在までの二酸化炭素濃度および気温の変動が報告されている(Neftel et al.,1988)。そこには間氷期から最終氷期へ、さらに間氷期にわたる寒・暖のリズムが認められる。しかも二酸化炭素濃度は気温の変動とよい相関を示している。

 一方、各地の大洋底の堆積物をコア採取し気候変動を解析した成果については、数百万年前まで遡った時代から現在までの気候変動が知られており、しかも地域差がなく互いに似ており、地球規模で海洋全体が概ね同じ変動をした。また、最近70万年間に7〜8回の氷期と間氷期が繰り返したこともわかってきた。

 このような地球規模での寒・暖のリズムのもたらされる原因についてはここでは省略するが、その影響が富士五湖湖底堆積物にも認められることが我々の研究から分かってきた。

3.富士五湖湖底堆積物に認められる環境変遷

 毎年春になると中国大陸より飛来する黄砂は、実は東アジア地域における気候変動に支配され、その飛来量が変動している。寒・暖のリズムが黄砂の発生量に反映されている、との視点で海底・湖底堆積物を用いて時代を追った黄砂量の変動を明らかにしよう、という研究が盛んになってきている。ところが一般には、黄砂粒子の識別・定量において、試料中の黄砂以外のものを識別しておらず、堆積物中の黄砂を定量する方法は確立されていない。そこで我々は、河口湖湖底堆積物を用い黄砂粒子の定量的な識別法を新規に確立した(Kyotani and Koshimizu,2001)。

 この方法により河口湖湖底堆積物につき、地質時代の黄砂飛来量の検討をしてみると、他の地質学的情報から見積もられる気候変動と大きな矛盾のない成果が得られている。ところが、湖底堆積物の表層部に近い最近百年間程についての解析結果をみれば、黄砂の大陸から日本列島への飛来量は、それ以前にくらべ増加しているようである。これは恐らく中国大陸での人為的な砂漠化の進行が影響し、結果として富士山麓河口湖での黄砂量の増加として観察される、と考えられる(輿水ほか、2001)。

 さらに我々は、最近百年間の湖底堆積物の詳細解析から、黄砂飛来量の増減が約10年周期という興味深い結果を得た。これらの結果は、全石英粒子濃度の変動からは見出せず、従来の黄砂識別の研究方法に問題があるのかも知れない。しかも、富士山北麓の湖底堆積物からこのように黄砂の識別とその飛来量の変遷を読みとることにより、中国を含めた東アジアの自然環境の変化や人間活動の寄与などの影響が理解できることは重要なことのように思われる。

4.富士五湖湖底ボーリング堀削

 富士山、とりわけ富士山北麓側におけるボーリング堀削は、地下水や温泉開発等の場合以外のいわゆる学術ボーリングとしては、従来の成果として山中湖と鳴沢村のみの報告がある。我々は、山中湖湖底、河口湖湖底及び本栖湖湖畔からボーリングコア採取し、各々のコアの構成内容の時間を追った変化を検討してきた。そこからもたらされる重要な成果として、湖周辺のみならず上述のような広範な地域に及ぶいわゆる環境変遷を明らかにすることにある。さらにコア試料からは、今回のような富士山麓の湖の場合には、富士山の火山活動の情報が歴史的に読みとれる利点がある。

 4−1.山中湖湖底ボーリングコア

 富士山の火山活動と山麓の湖との関連や、その形成時期等については未解決な問題が残されている。山中湖湖底堆積物については、我々の研究以前に遠藤ほか(1992)による研究がある。遠藤ほかは、山中湖の湖盆中央部付近において、約2.55mのボーリングコア試料を採取し、山中湖の成因や形成史を論じている。その結論として、現在の山中湖は鷹丸尾溶岩流により堰き止められ形成され、その年代を1850年前頃としている。しかし、湖底下約2.55m以深の山中湖の歴史については依然不明である。

 我々は、遠藤ほか(1992)が実施した所とほぼ同じ地点において、約17.6mのボーリングコア試料を採取した。コアの基底付近の試料から明らかにした年代から、約12000年前から現在にわたる情報が記録されていることになる。成果の一例として、上述の1850年前より更に過去に遡り山中湖(付近)は、しばしば湖であったことが明らかにされた。また、約12000年前から現在まで富士山起源のスコリアと呼ばれる降下噴出物が多数記録されていることがわかった。後述する河口湖や本栖湖から採取されたボーリングコアの構成と比較すると、富士山の東側にある山中湖には、富士山起源の降灰歴が頻繁に認められる。これは、一般に火山灰などが偏西風により火山の東側にもたらされる、という原則で理解できる。今から約300年前、西暦1707年の宝永の噴出物も、山中湖の湖底から採取されたコアの表層に近いところに認められる。宝永の噴火は、東京や横浜にも数cmの厚さの降灰として認められている。富士山が将来どのような噴火様式で活動するか厳密に特定できない現状では、山中湖のコアの過去12000年間の噴火実績からして、東京など首都圏への火山灰被害を懸念する見方を裏付けている。

 4−2.河口湖湖底および本栖湖畔のボーリングコア

 河口湖、西湖、精進湖および本栖湖については、従来湖底ボーリング等の試料から環境変遷や湖の形成史といった研究はなされていない。そこで、我々は河口湖湖底および本栖湖湖畔から、各々約90mおよび約170mのボーリングコア試料を採取し、この構成物につき検討してきた。河口湖の鵜の島の南西約1.5kmの西側湖盆のほぼ中央部から採取されたコア試料の特徴として、富士山起源のスコリア等の降下噴出物は山中湖の場合に比べ著しく乏しく、概して泥や砂が卓越する。ただ、古富士時代の約1万5千年前と約2万年前に大きな溶岩流が二枚確認できた。

 本栖湖の調査において、東岸の湖畔から得られたコア試料の概要は、地表より深度168m付近までは基本的に溶岩主体で構成され、その下位には、かつての湖の痕跡を示す粘土層があり、その年代が約1万7千年前という値が得られ、さらにその下に溶岩の存在が認められる。このように、本栖湖付近のコアの構成には、富士山起源の溶岩類が古富士の時代から新富士の最近にわたり多数確認できた。

 以上のように、河口湖および本栖湖のいずれのコア試料からも、古富士時代の溶岩類が認められ、特に本栖湖付近には多くの溶岩の存在がうかがえる。山中湖の堆積物に火山灰類が卓越するという事実も合わせて考えると、富士山に対する方角の違いによって富士山の火山噴出物の分布特性が大きく違うことが理解される。

 富士山の山体は現在、ほとんどが約1万年前以降の新富士時代の溶岩や降下物で覆われていて、古富士時代の堆積物が表面に露出しているのは、ごく一部に限られている。しかし今回我々は、山中湖、河口湖、本栖湖のいずれからも、陸上での確認の困難な古富士に遡った時代の富士山の活動を把握できた。

 富士山の活動につき、将来のことを考える際には、富士山の噴火歴をより古くから解明し、噴火の癖を知ることは重要である。その点で、富士山の北麓の湖底や湖畔におけるボーリングコアからもたらされる情報は貴重である。富士山の地下には、地下水や湧水等も含め貴重な地球科学的な情報が記録されており(輿水ほか,1998;Koshimizu and Tomura,2000)、これらも含め、今後より詳細な検討を重ねていきたい。


  

Copyright(C)2002 JEF All right reserved